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ぎっちょドラマーの誕生(最終回)

2009年10月29日
買ったチャレンジャーはぎりぎり4畳半に納まった。
そんで何の迷いもなく、右利きにセッティングした。

音は予想以上にうるさく、ゴム板の上にさらに漫画本を置いてその上に古着を置いてガムテープで止めた。
その結果、全くリバウンドのないドラムとなり、そのため、二つ打ちができるようになるまで30年かかった。と、言い訳しておく。

ダンボールドラムで陶酔していた曲たちは、さすがにドラムを前にすると全く手が出なかった。(今でも出ない)

初めてコピーしたのはバウワウの「ハーツ・オン・ファイヤー」
バウワウファーストのA面の1曲目。

リズムパターンは簡単にできた。
が、、、、、オカズができない。
結構早い曲なもんだから、ぎっちょの俺は右手始動でタムを回せなかった。
試しにフロアタムから回すとできる。

また、フォクシーレディというシャッフルの曲もダメだった。
チャッカチャッカって右手が動かない。
そんでこれも左ならできる。

ここで悩んだ。
「やっぱ、左か・・・・どうしよう」

中学の時、右利きを意識してダンボールドラムで右手でリズムを刻み始めたけど、オカズを左手始動でやっていたのが仇になった。
まあ、その時はドラム買うなんて夢にも思ってなかったから仕方がない。


後年、対バンやコンテストで迷惑を掛けるようになるとは想像もしていなかったが、それでも悩んだ。
イアンペイスがぎっちょだってのも知らなかったし。
知ってたら悩まなかったろうなあ。

今思えば、ここで根性出してそのまま右利きになれば良かった。
そしたらサイモンフィリップスになれたかも知れないってことはない。
が、少なくとも今よりは左右均等に動くことはできたろうなあ。


んで、悩んだ末、セットを左に組みなおし、バウワウファーストをコピーして遊んだ。
それから、ディープパープルに手を染め、プリズムへと移っていった。


いやあ、根性なかったなあ。
あの頃に戻りたい!

まあ、しゃーねー!!

かくしてぎっちょドラマーが誕生し、高校2年の4月に軽音楽部に入ったとたん、
「え、ぎっちょ!!」
っていう今ではすっかり慣れたリアクションを、この時生まれて初めて聞くのであった。

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ぎっちょドラマーの誕生2

2009年10月17日
なんで急にドラムが欲しくなったか。
それはM君が「白のストラトを買う」と言い出したからだ。
M君は中学の同級生で、同じ高校に受かり、一緒に自転車通学をしていた。

「白のストラト」・・・分かる人は分かるよね。
そう、ジェフベックがワイヤードのジャケットで弾いてるやつだ。

M君は白いストラトを買ってジェフベックを弾くんだと熱く語る。
「じゃあ、俺はドラムだ」
全くの初心者が二人でジェフベックをやると熱く語っている。
「ワイヤードに入ってないんだけどさ、スキャッターブレインてのもすげんだよなー!」
「そっか、それもやるか!!」
バッカでねーの。できるわけがない。

しかし、話は現実味を帯びてくる。
「お金どうする?」
「バイトするしかないよな」
「新聞配達かなあ」
「よし、それだ」

てなわけで、俺とM君は新聞配達をしてお金を貯めて楽器を買うと決めた。
あとは親をどう説得するかだ。
国鉄官舎にドラムなんて前代未聞だ。
どう考えても狭い、うるさい。
親を説得するのは困難と思われた。

が、俺には秘策があった。

なぜか俺んちにはゴム板があり、俺はそれを円形に切ってドラムに載せれば音は出ないだろうと考えた。
ドラムのカタログの消音パッドを見てそうしようと思ったのかも知れない。
シンバルには古着をかぶせればいいと考えた。
置く場所は4畳半の俺の部屋でも叩くときだけ組み立てれば何とかなるだろうと思った。
そんで、
「お金は自分で稼ぐ。音はこれこれしかじかの方法で出さない」
と親に主張した。

親は当然反対した。
が、強引に押し切った。
親もドラムがどれほどうるさい楽器か知らないから、反対の理由は「お前がバイト長続きするわけが無い」ってな感じだったと思う。
「やれるもんならやってみろ」「よしわかった。やってやる」
てな感じで、M君と朝刊の配達を始めた。

新聞配達は高1の5月から12月までだった。

新聞配達は楽しかった。
夏は実にさわやか、秋は昇る朝日がものすごく美しい。
雨が降れば降るで、こりゃまた楽しい。
寒きゃあ寒いでこれまた楽しい。
なんか、人と違うことをやってるってのが凄く快感だった。

バイト代は1万6千円。
1万円は貯めて6千円で毎月レコードを買った。

それまで中学時代の俺の小遣いは月500円だった。
なので、レコードは年間3枚しか買えず、俺にとっては大変な宝物だった。
あっ、ひとつ思い出したぞ。
その頃、LPレコードは2000円だったんだけど、いつからか2300円に値上がりしたんだ。俺はそれを知らなくて、2000円を握り締めて自転車でオーロラタウンの玉光堂に行き、値段も見ずにレジにレコードを差し出したら「2300円です」って言われ「お金足りません」って言って帰ってきたことがある。
今度買えるのは一ヵ月後だ。悲しかった。

てなもんだから、月に6000円もレコードにお金を使えるのは夢見たいだった。
ちょうど、輸入盤が出始めたころでディスクアップとかタワーレコードとかに行った。
ディープパープルの「MADE IN JAPAN」とか、キングクリムゾンの「ISLAND」とか、日本のジャケットと違う輸入盤を買って喜んでいた。
今うちにあるレコードのほとんどはこの頃に買ったものだ。

そんでもって、翌年1月、親に少し援助してもらい、ついにパールの「チャレンジャー」を買った。
色はヘアラインシルバー。
初心者向けの廉価版。
そんでも十分過ぎるほど嬉しかった。
そして「3月までは自宅で練習して叩けるようになって、4月から軽音楽部に入ろう」と決めた。

ちなみに、そのチャレンジャーは今も息子の部屋にあり、マッフルヘッドを装着した練習台になっている。
一生の友だちだ。


こうして俺はドラムを買ったが、M君は結局ギターを買わず、剣道部に入ってしまった。
そして、その剣道部にギターを弾く奴がいるということで、数ヵ月後に、M君ではなくその彼とバンドを組むことになるのだから、世の中面白い!!
ちなみにその彼こそ、以前このブログでCDを紹介した小山睦広であります。

てなわけで、ドラマー人生が始まったわけだけど、買ったばかりのチャレンジャーに座ったとたんにまたまた困難が立ちはだかるのであった。

(くどいが、続く)

ぎっちょドラマーの誕生1

2009年10月11日
みょうてんでございます。

わたくし、一応ドラマーですが「ぎっちょ」でございます。
対バンの皆様、及びコンテストでは大変ご迷惑をお掛けしております。

思い起こせば30年以上前・・・

中学1年の頃にドラムに興味を持ち始め、菜箸&ダンボール&洗面器で真似事を始めた。
ディープパープルとEL&Pがアイドルだった。

その頃、バスドラは「タムタムを載せる台」だと思っており、足で踏むなんて夢にも思ってなかった。

中2の時の学校祭で、中3の人たちがGFRのアメリカンバンドを演奏したのを見たのが、生でドラムを叩いているのを見た最初だった。

ショックだった。
ただの「台」だと思ってたバスドラから音が出ている。


「足も使うのか・・・」


そこから足も練習しだした。

これが笑える。
俺は、ぎっちょだからドラムの真似事であってもハイハット(洗面器)は左手で叩いていた。
そんで、学祭で見たドラマーは右利きであり、バスドラを右足で踏んでいたもんだから、俺は何とバスドラの練習を右足を踏むことで始めてしまった。

ま、「バスドラを踏む」と言っても畳を踏みつけるだけだったんだけど、ずーっとそれでドラムの真似事していて、足が反対であることに気が付かなかった。
これが本当に「ずーっと」なんだ。

気が付いたのは、中3になって同級生がドラムを買い、叩かせてもらった時だ。

「あれっ、何か変。あ、俺ぎっちょだし、あれっ、それでも変」

それで、今度は右利きの練習を始めた。

右利きの練習を始めたと言っても、別に本格的にドラムを始めようと思った訳でない。
俺んちは狭くて有名な国鉄官舎だったのでドラムを置けるはずもなく、ドラムができるとは全く思ってなかった。
だから相変わらず菜箸握ってダンボール叩いてるだけで十分満足してた。

そんで、リズムは右手で刻み始めたんだけど、オカズのスタートは左手だった。
そのほうが早く叩けて楽だからだ。
椅子の回りにダンボールを並べたドラムではその辺の手順はどうでもよかった。

その頃(中3)の俺はEL&P、イエス、キングクリムゾン一色だった。
ドラマーで言えば、カールパーマー、ビルブラッフォード、マイケルジャイルズだ。
まあ、手数の多いドラマーの好きなこと。
展覧会の絵、タルカス、悪の教典#9、危機、21世紀の精神異常者あたりを毎日のようにダンボールドラムで叩き、悦に入り、満足していた。陶酔なんかもしちゃったりしてさ。
展覧会の絵のキエフの大門を叩いてる時なんか、「これで35分のドラマがついに終わる」ってな感じでえろー感動しながら叩いてた。
曲が終わった後は立ち上がって観客に手を振ってた。
4畳半の誰も見ていない部屋ではそういうことやっても全く恥ずかしくなかった。

そんでね、今考えるとすげー不思議なんだ。
だって、これらの曲は今でも叩けないも。
今だったら「だめだ、できね」って途中で止めちゃう。
何をどう叩いて満足してたんだろう。
未だに謎だ。

そんな俺も高校生になった。そんで入学直後のこと。

合格祝いにステレオを買ってもらったばっかしってのも十分わかっていた。
が、どうしてもドラムが欲しくて我慢できなくなった。
そんで、「一大決心」というのは大仰なんだけど、親にそのことを伝えた。
「アホ!!、バカ!!」って言われるのも十分わかっていた。
そんでも伝えた。

はい、本日は終わり。

(続く)
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